「工業高校」が嫌なわけではないのかもしれない

プロローグ

 

始めてご覧くださった方、はじめまして

何度かご覧くださってる方、こんにちは

そして私に、・・・

 

ということで、今回の記事はいつもと雰囲気を変えてみたいと思います。

 

今回の記事の題名は何とも歯切れの悪い言い方をしていますよね。まずは、こういった記事を書こうと思った経緯からお話ししたいと思います。

 

 

もともと

 前提条件として私は現在在学している工業高校に対して強いコンプレックスを感じていました。また、このことから少しでも多くの人に工業高校の現実を発信していきたいと思って2020年1月にアメブロをはじめました。

 

そのなかで工業高校に対して思っていることをいくつか書いて公開したのですが、高校1年生当時は特に女子がいないことにたいしてコンプレックスを持っていたように思います。これには、中学時代に気になっていた子に「しつこいLINEを送り付ける」というストーカー顔負けの私のキモさを露呈し、行事一つ一つに対し、「ああ、女子がいればなぁ」とか、「男ばっかりで華がないんだよなぁ」とか、「女子がいればがんばるんだけどなぁ」とか、童貞をこじらせた思考になっていたからだと思います。

こういった経験を持ってアメブロに半ばグチのような記事を書いていました。(なおこの記事は、はてなブログにも引っ越しさせたのでご覧いただけます。)

そして今日、2021年5月にとあるアカウントさえ見つけなければ私は気づかなかったでしょう 。私の工業高校に対する嫌悪感が他にあるということに。

 

きっかけ

 さて、こんなもったいぶった言い方をして一体何をみたのか。それは、「1年生の時のクラスメイトの母親のインスタグラム」です。長いですね。以下は「1年生の時のクラスメイト」をA君という言い方に変えさせていただきます。

 

みなさんの心の声が聞こえてきますよ。

 

 

 

「は?」

 

 

長くなりますが、説明させていただきます。

高校1年生

私が通っている工業高校は偏差値40のヤンキーばっかりがいる工業高校ではなく、偏差値50程度の市内で一番ましな工業高校なのです。なので、中学校時代にヤンキーしてました。とか、さぼってました。とか言う人はあまりいなく、高専を落ちてしまった人が編入を目指してくるような工業高校です。

(って言っても、最近は工業高校の人気が低下しているので定員割れも起こり実質誰でもはいれる状態になっていますが。)

そんな工業高校なので、私も入学前は中学校と似たような学校生活が送れるだろうと思っていました。

蓋を開けてみると個性の強い、いわゆる変人と呼ばれるような人が集まっていました。私はどちらかと言うと変人気質ではあるので、変人さんをみても「面白そう」とか「楽しそうだな」と思うような人間なのです。また、人付き合いは嫌いではないのですぐに友達を作ることができました。

しかし、そんな工業高校にも「嫌な奴」はいるわけで。

 

 私はどちらかと言うと、自分から友達の机に行くタイプではなく友達が来てくれるタイプの人間なのですが、集まってくる私の友人の中に紛れて嫌なやつも集まってくるのです。

「嫌な奴」 とは?

私は今までの人生で一回も人の陰口を言ったことがありません。

これは割と気を付けていて、良好な人間関係を築いていくうえで重要なことだととらえているからです。悪口はもちろん、私は当人がその場にいない状態でその人の話をしないように心がけていました。なぜなら、自分がその場にいないのに自分の名前が聞こえてくると、「なにを話しているんだろう?」と人が疑問を持つのは自然なことだからです。私は、会話するとき相手に対してリスペクトしながら会話するように気にかけていました。そして、ありがたいことに中学校の友人に陰口を言うやつや、人を馬鹿にしたりする発言をするような奴はいなかったように感じます。(思い出補正かもしれませんが、)

 そんな、温室育ちの私は入学してすぐに、そんな陰口を言ったり、人を馬鹿にするようなやつに出会いました。そいつをこの記事では「K太郎」と呼ぶことにしたいと思います。

K太郎」は、入学して間もないころから先述した変人たちを馬鹿にしたような発言をしていました。また、アニメも嫌いなようでアニメを見ている人間を陰キャだと呼んで馬鹿にしていました。

私は最初こそ我慢していましたが、度を越えた発言にだんだん我慢できなくなってきました。それでも、ひたすらに我慢して高校1年目を過ごしていきました。

 

高校2年生

高校2年生はターニングポイントになったように感じます。 

K太郎」に我慢した1年目でしたが高校2年生に上がり、クラス替えがありました。

K太郎」と離れたいなと思っていましたが、残念なことに同じクラスになってしまいました。また、「K太郎」と同じく、調子に乗りやすくうるさい「F山」というやつも同じクラスになりました。

2年生になってすぐの頃は、非常事態宣言が出ていたこともあり分散登校で「F山」の素性は明らかにはなりませんでした。

しかし、分散登校が終わり通常授業に戻っていくと「K太郎」と「F山」の悪い相乗効果によって彼らのオタクに対する偏見や発言に私自身が腹が立ってきました。

彼らはよく「陰キャ」「陰キャ」と何かあれば「陰キャが調子に乗んな」やクラスで盛り上がっていると「陰キャ黙れや」などと発言し、クラスメイトが黙ると「ビビってるwww」などと思い出すだけで胸糞悪い行動をとっていました。

そして彼らはたちの悪い、人に聞こえる陰口を言いはじめました。

「誰だれは陰キャだ」とか、「誰だれはキチガイだ」、「誰だれが調子に乗ってる」とか。私はこの時、本当に工業高校に来たことを後悔しました。どうしてこんなところに来てしまったのか。なぜ彼らがこのような発言をするのか。

彼らのような人間についても考察をし記事を書いてみたいと思います。

 

つまり

さて、「A君の母親のインスタをみた」という話からだいぶズレてしまいましたが何が言いたかったのかをまとめてみます。

 

 

「工業高校では陽キャがいないため、イキッた陰キャが見下したやつを馬鹿にする」

「A君は変人であったため、馬鹿にされる対象になる。」

 「そんなA君の母親のインスタをみて私が工業高校の異常さを自覚する。」

 

 *ここでは、陽キャを誰にでも優しくしてくれる青春を楽しんでいる奴と定義しています。

 

最後の「そんなA君の母親のインスタをみて私が工業高校の異常さを自覚する。」を解説しますと、A君のお母さんのインスタはとても楽しそうで、そんなインスタの投稿にA君が写っていて、私は私のエゴかもしれないけれど、辛くなりました。A君はこの学校で本当の友達に出会えたのでしょうか。A君は学校を楽しんでいるでしょうか。

 

また、ここで謝罪したいのですがこれは工業高校全体の問題ではなく私の通っている工業高校の問題ですので、今まで工業高校を批判していましたがそれらは不適切でした。また、私が通っている工業高校の高校名を公開しようかとも考えましたが、現在在学中であるため卒業後2022年4月に公開したいと思います。

 

そして、私がこれまで工業高校に強い嫌悪感を覚えていたのはこの、

「人を馬鹿にする風潮」

「あいつとは違うという一種の選民思想

「嫌な奴特有の陰湿な攻撃」

 

です。

私は今日、こういった物事の本質に気づくことができました。

 

 

エピローグ

 この記事はA君にかこつけた私の高校2年間のグチだったのかもしれません。

私こそ、こんなネットの記事に一方的な意見を押し付けるとんでもないやつだとおもわれるかもしれません。

しかし、はっきり言って私の通っている工業高校は異常だと思います。

確かに、どこに行っても「嫌な奴」、「調子に乗った陰キャ」「キョロ充」はいると思います。

しかし大抵の場合、いわゆる「陽キャ」(定義は上の通り)も同時に存在し、そのコミュニティーのバランスが保たれていると思います。

しかしながら中途半端に偏差値50くらいの工業高校では、そもそもの入学理由が「就職に有利だから」とか「推薦で楽に大学に行けるから」などと何処か利己的な考えがあり、助け合いというより「成績によって人生(就職先)が変わる」究極の競争社会で、そこに高校生特有の「狭い視野(この資格を持っていると無条件でスゴイなど)」が合わさり、自分が中心であるという自己中な考えが渦巻く非常に居心地の悪い環境になってしまっているように感じます。

 

これらが私の工業高校に対する強い嫌悪感、コンプレックスに変わっている。

というのが、今日私が感じたことを言語化したものです。

 

そして、今なら題名の意味を理解していただけるのではないでしょうか。

 

「工業高校」が嫌なわけではないのかもしれない。

そこに集まる自己中な考えの人間とともに過ごすことが嫌で、もしこのような環境でなければ工業高校も楽しくなっていたのかもしれない。という私の妄想ということです。

 

環境に文句を言うのは三流だそうですが、本当に私は他人をリスペクトできない奴と関わりたくありません。事実、「K太郎」や「F山」とはコミュニケーションを避けています。それくらい生理的に無理なのです。

 

 

 

 

 

 

 

本当はこんな記事は書かない方がよいのかもしれないのですが、日ごろ工業高校批判をしている人間として工業高校に対する嫌悪感の考察は重要なものだと思い、この記事を作りました。

 

今日はいつもと

私のエゴ、グチにここまでお付き合いしていただきまして本当に有難うございました。

 

それでは、いつかまたどこかで・・・